東浦町議会議員 こまつばら英治の時論公論

こまつばら英治の時論公論

平等原則〜「差別」と「合理的区別」
異なる取り扱いが「合理的」であるかどうかは、どのような差異に着目し、どのような権利・利益について、どの程度異なる取り扱いをするのかによって一様ではない。

先天的に決定される条件や思想・信条に基づく異なった取り扱いは、どのような権利・利益であっても原則として許されない。
・近代憲法の基本原理としての平等は、生まれるによる差別を認めないことにその核心がある
・思想・信条は民主主義の基本に関わる価値として、保障されなければならない
・「人種、信条、性別、社会的身分又は門地」を差別禁止事由として列挙しているのは、そういう趣旨である
・「人種差別撤廃条例」(1969年発効、日本は1995年批准)1条は、民族等による差別を人種差別と同じものと理解する
・性別による異なる扱いは原則として禁止されるが、男女の生理的・身体的な条件の差から異なる扱いは合理的根拠があるとして支持される場合がある
・社会的身分とは、生まれによって決定される社会的地位または身分をいうと理解されている

それ以外の場合には、異なる取り扱いとその基礎にある事実状態の差異との関係で、問題となっている権利・利益の性質によって具体的に決定される。
・選挙権の有無についてみると、所得の差によって異なる扱いをすることは不合理な差別、年齢によって異なる扱いをすることは合理的な区別となる
・所得の差によって異なる扱いをしても、税率に差をつけるということは合理的な区別となる

異なる取り扱いが合理的と考えられる場合でも、異なる取り扱いの程度によって不合理な差別となる。
・特定の人を特別に有利又は不利に扱うことは不合理な差別となる
・最高裁の尊属殺違憲判決は、刑が重すぎるとして違憲とした





 
| 憲法 | 17:01 | comments(0) | - |
平等原則〜「平等」の観念
近代憲法原理としての平等の観念は、国家はすべての人を平等に扱わなければならないという規範的要請を内容とする。
・自由と並んで近代市民革命の旗印であった
・生まれによって人を差別する封建的な身分制を否定するものである
・人は皆その価値において等しい存在であるという思想に立脚する
・人は皆同じだから平等なのではなく、人それぞれ違う個性をもっているから、その異なる価値を等しく尊重することが平等の前提である
・国家は、人を区別して、ある人を有利に、あるいは不利に扱ってはならないというのが、憲法原理としての平等の意味である

憲法上の平等原理は、本来は「形式的平等」を意味していたが、現代では「実質的平等」の観念をも反映していると捉えるべきである。
・近代憲法原理としての平等は、法的取扱いの均一化という形式的平等を意味し、現実の不平等状態の是正(実質的平等)は射程に入っていなかった
・近代国家では、国家の役割は個人の自由な活動を保障することにあり、その結果に違いが出ることには国家の関与するところではない(自己責任、自助)
・その後の社会の発展は、結果の不平等の一層の拡大と、それを自己責任として放置することの不合理さを認識させることとなった
・国家に対して、現実に存在する社会的・経済的な不平等を是正して、実質的な平等を実現することが求められるようになった
・憲法における平等の観念が、国家による実質的な平等を実質的に確保するということである
・機会の平等を実質的に保障するために、歴史的に差別されてきたことへの克服のための特別な積極的な差別是正措置がとられることがある

憲法の要請する平等は絶対的平等ではなく、差異に応じて等しく扱うという相対的平等である。
・事実状態の差異を無視して法律上均一に扱うことは、かえって不合理を生むことになる
・異なった扱いをすることに合理的な理由があれば、それは憲法上是認される
・問題は、何が合理的な区別であり、何が不合理な差別であるのかということである

 
| 憲法 | 09:40 | comments(0) | - |
「表現の自由」の意義
「表現の自由」は、個人主義の観点から「思想の自由市場」という考え、さらには民主主義の基礎として、その重要性が説かれる。表現の自由は、もっとも権力によって傷つけられやすい性質の自由であるから、その重要性を認識することが重要となる。

第一は、言いたいことを言うことは人間の本性である(表現の自由の個人的効用)。表現の自由は、精神的・知的存在である人間の尊厳に関わる人権である。
第二は、人が考えを自由に発表し合うことによって、各個人が「真理」に到達するとともに、社会全体としても正しい結論に到達することができる(社会的効用)。
第三は、民主主義にとっては、主権者である国民が自由に意見を表明し、討論することによって政策決定をしていくことが本質的な要素であり、自由な意見発表と討論を保障するものとして表現の自由は重要である(民主主義的効用)。

表現の自由は、「優越的地位」にあるというが、これは、表現の自由は他の人権よりも不当な制限を受けやすいので、合憲性の審査はより厳密にすることが要求されるということを意味している。経済的自由を制限する立法については、原則として「合憲性の推定」が認められるのに対して、表現の自由については厳しく審査するという意味である。他の人権は、表現の自由よりも重要ではないということを意味してるのではなく、人権に序列をつけるという考えでもない。

表現の自由に対する制限は、当該表現行為が他人の人権と衝突するという場合にだけ認められる。表現するという行為自体を禁止することは勿論、特定の方法での表現(場所・時間など)を禁止することも表現の自由の侵害となる。表現行為は、他人の存在を前提とするので、他人の権利を侵害することがある。

| 憲法 | 23:04 | comments(0) | - |
外国人の人権
外国人は人権の享有主体として当然に肯定される。
従来の学説として、消極説は、憲法第3章が「国民の権利及び義務」としていることを重視し、国民の権利・義務のみを保障しており、立法政策上、外国人も日本国民に準じた扱いをすることが憲法の精神に適合するという学説。
積極説は、人権の自然権的な性格の強調および憲法の国際協調主義の立場から、外国人の人権の享有主体性を肯定するという学説があった。

しかし、1966年に国連総会における国際人権規約の採決があり(1979年批准)、外国人を含むすべての個人に対して平等に人権を保障すべきことを定めた。そのため、前記の学説の対立は意味を失い、問題はいかなる人権が保障されない場合があるかということに変化した。

一般的に、外国人に保障されない人権として、参政権、社会権、入国の自由があげられる。
人権の性質によっては、外国人には保障されないものがある。参政権の制限については、国民主権を根拠とする。社会権の制限については、各人の属する国家により保障される権利であることを理由とする。入国の自由の制限については、当該国家の自由裁量とする国際慣習法を理由とする。

外国人の政治活動については、最高裁判所の判決において、「わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるもの」は外国人には保障されないとされる。(最大判平成17年1月26日)

| 憲法 | 10:28 | comments(0) | - |
人権の法的性格、及び人権保障の限界
人権は、第一義的には、対国家=公権力との関係における人の権利である。
公権力による人権侵害こそが最も大きな人権問題という認識を持たなければならない。しかし、現実には社会的権力による人権侵害が生じている。よって、憲法の人権保障は、社会的権力をも視野に入れる必要性がある。

憲法が保障する人権は、すべて「法的権利」である。
「法的権利」は、裁判によって実現される権利でなければならない。しかし、これでは違憲審査制を持たない国や持たない時代の人権は、憲法によって保障されているにもかかわらず、「法的権利」ではないことになる。司法審査制の導入は、一般的には第二次世界大戦後であり、本来、人権は立法によって実現されるものであった。よって、人権というものは、裁判によるだけではなく、立法・行政を含めた国政全般において実現される権利と捉えるべきである。


人権の内在的制約は、基本的人権の思想の基本的前提である個人の尊重と平等という視点から導かれる限界である。日本国憲法における人権保障は、原則として無条件である。しかし、人権だからといって、やりたい放題で何をしてもいいわけではない。人権思想には、もともと、すべての人の尊厳に反しない限りという限定が含まれている。具体的には、第一は、他人の生命・健康を害するものであってはならないということ。第二は、他人の人間としての尊厳を傷つけてはならないということ。第三は、他人の正当な人権の行使を妨げてはならないということである。

経済的自由については、内在的制約だけではなく、経済的・社会的弱者の保護のための政策的制約も認められる。絶対不可侵とされた経済的自由が、経済的・社会的な強者と弱者を生み出したために、弱者保護のために経済的自由に制約を加えなければならなくなった。どのような政策であっても、政策的制約に含めることは、人権保障の観点からは不当な結果を承認することになる。

ちなみに、憲法12条、13条の「公共の福祉」は内在的制約を意味し、憲法22条、29条の「公共の福祉」は政策的制約を意味する。


 
| 憲法 | 15:35 | comments(0) | - |
基本的人権の保障
人権とは、人間が人間として生きていくための不可欠の権利であり、人が生まれながらに当然にもっている権利である。
憲法13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定する。

個人の尊重は、人権の根底にある原理であり、近代立憲主義の基底にある原理でもある。「個人の尊重」とは、「一人ひとりの人間を大事にする」ということであり、これは、一人ひとりは異なる存在であるという理解を前提とし、一人ひとりがそれぞれ固有の価値をもっているという認識がなければならない。また、一人ひとりの価値は「代わり」の利かない、かけがえのないものという前提とし、それぞれが持っている価値を認め合う必要がある。

「個人の尊重」は「個人主義」の考え方であるが、「利己主義」ではない。「個人主義」は、自立した「個人」を単位とし、そのような「個人」によって構成される「社会」を前提とする。自分のことばかりを考えるのでは、「社会」的存在としての「個人」とはなりえない。また、自分の権利・利益は自分自身が守らなければならない。しかし、現実にはそれができない人々(幼少、障がい、貧困など)が存在する。
「個人主義」は、「自立」を支援するしくみを含むから、「個人の尊重」へと繋がる。

「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は、幸福追求権と言われる。
幸福の概念は人それぞれ違うし、一人ひとりが自らの意思で決定するもの。だから、「幸福の権利」は保障できない。しかし、幸福を追求する権利については国家が関与するものではない。幸福を追求する権利は「公共の福祉」の範囲内で諸条件・手段を整備して国民に保障する。この権利は、明文で保障されていない権利も含まれる。ただし、あらゆることを13条から引き出すことは、人権の価値の低下を招く。「幸福追求権」は、包括的な権利ではあるが、実際の機能は補充的なものであることから、「包括的な人権保障規定」と言われる。

自己決定権も「幸福追求権」の重要な内容の一つである。
自己決定権とは、個人が一定の私的事項について、権力による介入・干渉を受けることなしに自ら決定することができる権利である。憲法が明文で保障する個別の自由権は、それ自体として、それぞれの自由に関する自己決定権を保障する。したがって、自己決定権は、憲法が明文で保障する自由権には含まれない事項に関するものである。

なお、「新しい権利」として、「プライバシーの権利」は13条を根拠に主張される。
「プライバシーの権利」は多様な定義付けがある。「そっとしてもらう権利」、「私生活をみだりに公開されない権利」、「自己情報コントロール権」などである。「プライバシーの権利」は、個人が自律的に形成した社会関係を尊重して、そこにおける個人の「秘密領域」を保護するものであり、個人の自律的な社会関係の形成の尊重とは、個人を個人として尊重することと同義である。なお、「知られたくない」という、個人の主観的な感情の問題ではない。

| 憲法 | 21:28 | comments(0) | - |
憲法とは
「国」とは、想像上の存在であり、自然的な実体として存在するのではなく、人為的に作られたイメージである。このイメージが、生活の場への愛着や、そこに生きる人々への共感と結びつくときに「我が国」という意識が生まれる。

国家の三要素は、領土、国民、統治権であるが、その本質的な要素は統治権であり、それは「権力」とも言える。「権力」とは、他者を支配する力、他者に対して服従を強制する力である。
よって、「権力」の濫用の危険性があることから、「権力」の拘束の必要性が生じる。それは、人間の社会生活とルールの必要性である。そして、「権力」を発動する場合と条件をあらかじめ定め、その遵守を条件として、特定の人々に「権力」の行使を担当させるものが「憲法」である。憲法は、「権力」の拘束のための手段なのである。

憲法は、国家機関に対する授権規範・制限規範であり、その拘束力は基本的には国家機関に対して向けられる。また、憲法は国の最高法規であるが、実質的な意味での最高法規とは、憲法規範の内容が根本的・基本的であるということであり、形式的な意味での最高法規とは、憲法規範が他の一切の法規範に優位する最も強い形式的効力があるということである。

昨今論じられる憲法改正であるが、憲法改正については二つの学説がある。
「改正限界説」では、憲法の同一性を損なうような憲法秩序の本質的な部分を変更することは許されないと主張する。一方、「改正無限界説」では、憲法に定める改正手続に従えば、憲法の内容にどのような変更を加えることも可能であると主張する。
「憲法の正当性」という視点からは、限界説の方が理論的に妥当と言えるであろう。

日本国憲法の改正手続は、憲法96条に規定されているが、「各議院の3分の2以上の賛成」による発議と国民投票における国民の過半数の承認が必要とされ、通常の立法手続よりも重い要件を規定している硬性憲法となっている。



 
| 憲法 | 20:40 | comments(0) | - |
こまつばら英治
こまつばら英治 プロフィールはこちら
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< April 2018 >>
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ にほんブログ村
+ にほんブログ村ランキング
PVアクセスランキング にほんブログ村
+ MOBILE
qrcode
+ LINKS
+ PROFILE
+ OTHERS
このページの先頭へ