東浦町議会議員 こまつばら英治の時論公論

こまつばら英治の時論公論

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昭和天皇とマッカーサー

昭和20年(1945年)9月27日、昭和天皇は、アメリカ大使館内のマッカーサーの宿舎に訪問された。

 

私は、日本の戦争遂行に伴ういかなることにも、また事件にも全責任をとります。

また私は日本の名においてなされたすべての軍事指揮官、軍人および政治家の行為に対しても直接に責任を負います。

自分自身の運命について貴下の判断が如何様のものであろうとも、それは自分には問題ではない。

構わずに総ての事を進めていただきたい。私は全責任を負います。

 

 

そしてマッカーサーは、このご発言に関する感想をこう述べたという。

 

私は、これを聞いて、興奮の余り、陛下にキスしようとした位です。

もし国の罪を贖うことが出来れば進んで絞首台に上がることを申し出るという、この日本の元首に対する占領軍の司令官としての私の尊敬の念は、その後ますます高まるばかりでした

陛下は御自身に対して、いまだかつて恩恵を私に要請したことはありませんでした。とともに決して、その尊厳を傷つけた行為に出たこともありませんでした。

どうか日本にお帰りの上は、自分の温かいご挨拶と親しみの情を陛下にお伝え下さい。その際、自分の心からなる尊敬の念をも同時に捧げて下さい。」

 

 

昭和21年(1946年)1月25日、マッカーサーは陸軍省宛に極秘電報を打った。この電報が昭和天皇の命を救う。

 

「天皇を告発すれば、日本国民の間に想像もつかないほどの動揺が引き起こされるだろう。

その結果もたらされる事態を鎮めるのは不可能である。

天皇を葬れば、日本国家は分解する。

連合国が天皇を裁判にかければ、日本国民の憎悪と憤激は、間違いなく未来永劫に続くであろう。

復讐の為の復讐は、天皇を裁判にかけることで誘発され、もしそのような事態になれば、その悪循環は何世紀にもわたって途切れることなく続く恐れがある

政府の諸機構は崩壊し、文化活動は停止し、混沌無秩序はさらに悪化し、山岳地域や地方でゲリラ戦が発生する。

私の考えるところ、近代的な民主主義を導入するという希望は悉く消え去り、引き裂かれた国民の中から共産主義路線に沿った強固な政府が生まれるだろう。そのような事態が勃発した場合、最低百万人の軍隊が必要であり、軍隊は永久的に駐留し続けなければならない。

さらに行政を遂行するためには、公務員を日本に送り込まなければならない。その人員だけでも数十万人にのぼることだろう。

天皇が戦犯として裁かれるかどうかは、極めて高度の政策決定に属し、私が勧告することは適切ではないと思う。」

 

 

この電報を受け取った陸軍省は、すぐさま国務省との会議を持ち、国務省と陸軍省は昭和天皇には手をつけないでおくことに合意した。

 

| 天皇 | 18:45 | comments(0) | - |









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