東浦町議会議員 こまつばら英治の時論公論

こまつばら英治の時論公論

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A級戦犯7人の「殉国七士の墓」を訪れました。

「殉国七士廟」に行って来ました。

 

愛知県西尾市東幡豆町三ヶ根山の山頂に、「殉国七士の墓」、または「殉国七士廟」と呼ばれるものが建立されています。

 

 

「殉国七士」と尊称されている人々は、先の「東京裁判」で、日本を背負って絞首刑となった7人、板垣征四郎(陸軍大将、関東軍参謀長)・木村兵太郎(陸軍大将、ビルマ方面軍司令官)・東条英機(陸軍大将、内閣総理大臣)・土肥原賢二(陸軍大将、特務機関)・広田弘毅(文民、内閣総理大臣)・松井石根(陸軍大将、中支那方面軍司令官)・武藤章(陸軍中将、第一四方面軍参謀長)であり、いわゆるA級戦犯のことを指します。

 

「東京裁判」とは、日本が第二次世界大戦・太平洋戦争に敗れた年の翌年(1946年)5月から194811月までの約2年半に渡り開かれた裁判で、正式名称を「極東国際軍事裁判」といい、第二次世界大戦・太平洋戦争に敗れた日本の戦争指導者らを、戦勝国であるアメリカ・イギリス・ソ連・フランス・オランダ・中国・オーストラリア・ニュージーランド・カナダ・インド・フィリピンの11カ国の連合国が、国際法を無視して不当に裁いた裁判です。

 

 

 

 

 

東京裁判により、絞首刑の判決を受けた先の7人に対して、昭和231223日未明に刑が執行されました。7人の担当弁護士は、事前にGHQと掛け合い、遺体を家族に引き渡すよう申し入れましたが、聞き入れられませんでした。そこで弁護士の一人である三文字正平を中心とした有志が、遺骨だけでも家族に渡したいと考えて、遺骨の奪取計画を練りました。

 

7人の遺体が、横浜の久保山火葬場で火葬されると知った三文字弁護士らは、同火葬場長の協力を取りつけ、米軍による厳重な監視が行われる中、同軍が残骨捨場に遺棄していった遺骨の一部を入手することに成功しました。遺骨は、7人のものが混ぜ合わさっていましたが、骨壺一個がいっぱいになるほどの量がありました。一方、米軍が持ち去った遺骨は、太平洋に散骨されたという話もありますが、真実はわかっていません。

 

三文字弁護士が奪取した遺骨は、人目を避けて、伊豆山中に祀られていましたが、その後、遺族の同意のもと、政財界など各方面の有志の賛同を得て、地理的に日本の中心とされる、三ヶ根山山頂に墓碑を建立し、安置されることになりました。

 

そして、昭和35816日に関係者と遺族が列席して墓前祭が行われて以来、日を429日に移して、毎年執り行われることになりました。

今日では七士廟の周辺に大東亜戦争での戦没者を祀る各部隊の慰霊碑が並んでいます。

 

 

 

 

 

 

極東国際軍事裁判(東京裁判)でA級戦犯28人が起訴されたのは、昭和21429日。429日は昭和天皇の誕生日です。

 

裁判が開廷したのは53日。翌年、昭和22年のこの日、日本国憲法が施行されました。

 

そして、東條英機らA級戦犯7人が処刑されたのは、昭和231223日。当時の皇太子、現在の天皇の誕生日です。

 

 

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