東浦町議会議員 こまつばら英治の時論公論

こまつばら英治の時論公論

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広島の原爆の日

令和元年8月6日、広島は74回目の原爆の日を迎えました。広島市中区の平和記念公園では、令和となって初めての原爆の日の式典となる広島市主催の「原爆死没者慰霊式・平和記念式(平和記念式典)」が開催されました。

 

式典には、被爆者や遺族ら約5万人が参列しました。また、安倍晋三首相ら政府関係者のほか、過去2番目に多い92カ国と欧州連合(EU)の代表が参列しました。

 

 

 

松井一実 広島市長は「平和宣言」で、自国第一主義の台頭で核廃絶の動きが停滞していると指摘し、「一人ひとりが主張の違いを乗り越え『寛容』の心を持たねばならない」「唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いをしっかりと受け止めていただきたい」と訴えました。

 

子ども代表の「平和の誓い」では、「私たちは大切なものを奪われた被爆者の魂の叫びを受け止め、次の世代や世界中の人たちに伝え続けたい」と訴えました。

 

安倍首相は、核兵器のない世界の実現に向け努力を続けることが「令和の時代においても変わることのない我が国の使命」と述べ、「非核三原則を堅持しつつ、核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努める」と挨拶しました。

 

 

 

慰霊碑には、この1年に死亡、または死亡が確認された5,068人の名簿が納められ、広島の原爆死没者は31万9,186人となりました。

 

 

数年前に亡くなった私の父親は、広島生まれ、広島育ちです。広島の原爆を経験していますが、原爆の話を父から具体的に聞いたことはありません。亡くなる数年前に一度、「原爆は、どのようなものだったのか?」と尋ねたことがありましたが、「悲惨すぎて思い出したくないから、あまり話したくない」と言われました。そのときに、少しだけ経験談をしてくれました。その少しの経験談だけで、悲惨さが分かりました。

 

現在、父親の兄弟姉妹のうち存命する者は、全員が被爆者健康手帳を持っています。がんを患っている者がほとんどです。原爆を経験した方々は、その悲惨さが想像を絶するものだったからこそ、次世代に伝えなければならないと思っていても、話したがらないと心が揺れ動いていることを想像いたします。

また、原爆の日を迎えると、「日常」というものがどれだけ幸せなものであるのかということを再度気付かされます。

 

原爆死没者の方々の御霊に対し、謹んで哀悼の誠を捧げます。

 

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