東浦町議会議員 こまつばら英治の時論公論

こまつばら英治の時論公論

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基本的人権の保障
人権とは、人間が人間として生きていくための不可欠の権利であり、人が生まれながらに当然にもっている権利である。
憲法13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定する。

個人の尊重は、人権の根底にある原理であり、近代立憲主義の基底にある原理でもある。「個人の尊重」とは、「一人ひとりの人間を大事にする」ということであり、これは、一人ひとりは異なる存在であるという理解を前提とし、一人ひとりがそれぞれ固有の価値をもっているという認識がなければならない。また、一人ひとりの価値は「代わり」の利かない、かけがえのないものという前提とし、それぞれが持っている価値を認め合う必要がある。

「個人の尊重」は「個人主義」の考え方であるが、「利己主義」ではない。「個人主義」は、自立した「個人」を単位とし、そのような「個人」によって構成される「社会」を前提とする。自分のことばかりを考えるのでは、「社会」的存在としての「個人」とはなりえない。また、自分の権利・利益は自分自身が守らなければならない。しかし、現実にはそれができない人々(幼少、障がい、貧困など)が存在する。
「個人主義」は、「自立」を支援するしくみを含むから、「個人の尊重」へと繋がる。

「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は、幸福追求権と言われる。
幸福の概念は人それぞれ違うし、一人ひとりが自らの意思で決定するもの。だから、「幸福の権利」は保障できない。しかし、幸福を追求する権利については国家が関与するものではない。幸福を追求する権利は「公共の福祉」の範囲内で諸条件・手段を整備して国民に保障する。この権利は、明文で保障されていない権利も含まれる。ただし、あらゆることを13条から引き出すことは、人権の価値の低下を招く。「幸福追求権」は、包括的な権利ではあるが、実際の機能は補充的なものであることから、「包括的な人権保障規定」と言われる。

自己決定権も「幸福追求権」の重要な内容の一つである。
自己決定権とは、個人が一定の私的事項について、権力による介入・干渉を受けることなしに自ら決定することができる権利である。憲法が明文で保障する個別の自由権は、それ自体として、それぞれの自由に関する自己決定権を保障する。したがって、自己決定権は、憲法が明文で保障する自由権には含まれない事項に関するものである。

なお、「新しい権利」として、「プライバシーの権利」は13条を根拠に主張される。
「プライバシーの権利」は多様な定義付けがある。「そっとしてもらう権利」、「私生活をみだりに公開されない権利」、「自己情報コントロール権」などである。「プライバシーの権利」は、個人が自律的に形成した社会関係を尊重して、そこにおける個人の「秘密領域」を保護するものであり、個人の自律的な社会関係の形成の尊重とは、個人を個人として尊重することと同義である。なお、「知られたくない」という、個人の主観的な感情の問題ではない。

| 憲法 | 21:28 | comments(0) | - |









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